超訳文庫【仏教説話】サーラナ王子の悪夢

東西の古典を、きわめて平易な現代語に訳出する試みです。
意によって大幅に構成を改編し、読みやすくするために潤色を施しています。

HOME > サーラナ王子の悪夢

超訳【仏教説話】

サーラナ王子の悪夢 ~「娑羅那比丘の悪縁」より

2010.5.7

今より2000年以上昔の話です。

古代インドの王国のひとつであるコーサンビー国を治めるウダヤナ王には、サーラナ(娑羅那)という名の王子がおりました。

ある時、サーラナ王子が山の中で当時の流行に習って出家修行に励んでいたところ、大勢の美女たちがやってくるのと出会いました。
美女たちの求めに応じ、サーラナ王子はあれこれとためになるお話をしてあげました。
美女たちは大層喜んで、和やかな雰囲気で交流は進んでいたのですが、ふと気づくと、なにやら後ろの方で、コワイおじさんが睨んでいるではありませんか。

おじさんは言いました。

「こら、オマエ! オマエはいったい何様だ!? 見たところ修行中の坊主のようだが、最高の境地と呼ばれる「阿羅漢(あらかん)」の悟りを得た者か?」

サーラナ:「いいえ、違います・・・」

おじさん:「それでは2番目に高い境地と呼ばれる「阿那含(あなごん)」の悟りを得た者か?」
サーラナ:「それも違います・・・」

おじさん:「それでは3番目に高い境地と呼ばれる「斯陀含(しだごん)」の悟りを得た者か?」
サーラナ:「それも違います・・・」

おじさん:「それでは4番目に高い境地と呼ばれる「須陀洹(しゅだおん)」の悟りを得た者か?」
サーラナ:「それも違います・・・」

おじさん:「最低でも、人間の肉体など汚いばっかりだという「不浄観」の悟りぐらい得ているんだろうな?」
サーラナ:「いや、実はそれも違うんです・・・」

おじさん:「それじゃオマエは単なる一般人ではないか! いいか? このオレ様はあの強国コーサラ国の王だ! そして、この女たちはみんなオレ様のハーレムの女なのだ。一般人の分際でオレ様の女と馴れ馴れしくしゃべりやがって! 許せん!」

そしてコーサラ王はサーラナをムチでメッタ打ちにしました。

女たちが「この人は何も悪くありません!」と言えば言うほど、女たちが泣けば泣くほど王はいきりたち、ますます強くムチで打つのでした。

サーラナはボコボコにされながら思いました。

「な、なんだこの理不尽な仕打ちは!? ・・・しかも、このくだりはどこかで聞いたことがあるぞ。そうだ、かつてブッダが修行中だった時の話だ!確かあの時、ブッダは耳や鼻、手足を切り落とされても耐えぬいて、それで究極の悟りを得たのだとか。それに比べたら今の私の苦しみなどまだまだ・・・」

ようやく打擲が終わり、苦難は過ぎ去ったかのように思われたのも束の間、打たれたキズは時間が経つごとに痛みが激しくなってきます。

サーラナは痛みに耐えかねて思いました。

「ちくしょう、あのオッサンめ! 人が無抵抗なのをよいことにやりたい放題やりやがって! 何が王様だ! オレだって王子だぞ。家に帰れば国王の地位を継げるんだ。我が国の兵力だって、決してアイツの国に劣るもんか! ちくしょう! ちくしょう!・・・」

そして遂に、師匠であるカッチャーナ(仏十大弟子のひとり、迦旃延尊者)のところに行き、一方的に修行の中止を宣言すると、家に帰ってしまいました。

帰ってみると、ちょうど国王だった父親が亡くなったところだったので、サーラナは直ちに王位を継ぎ、怨みを晴らすべく軍備を整えてコーサラ国に攻め込んだのです。

サーラナの軍勢は、初めのうちこそ優勢のように見えましたが、結局散々に打ち破られてしまい、サーラナ自身も、生け捕りにされてコーサラ国王の前に引きずり出されるハメになってしまいました。

コーサラ国王は刀を取ると、その場でサーラナを斬り殺そうとします。
サーラナは自分お行動の愚かさを心から後悔し、師匠のカッチャーナに祈りました。

「ああ、私が間違っていた! せめて死ぬ前にもう一度だけ、師匠にお会いしてお詫びしたい!」

すると、目の前にカッチャーナが出現し、サーラナに言いました。

「こらオマエ、だからワシはいつも言っておったじゃろう? 闘争によって勝利を求めても、それは結局得ることはできないのだ、と。」

サーラナは言いました。

「はい! まったくもって仰る通りです! お願いですから私を助けてください! もう二度と間違いはしませんから!」

それを聞くとカッチャーナはコーサラ国王の部下に頼みました。

「オマエさん、こいつを処刑するのをちょっとの間待ってはくださらんか。ワシから直接王様にこいつの命乞いをしてみるから。」

カッチャーナが王のところへ談判に出かけた後、部下は思いました。

「だりぃなぁ・・・ やっぱ面倒だから、今殺しちゃえ!」

刀が容赦なく振り下ろされ、死んだ!!と思った次の瞬間、サーラナは師匠のカッチャーナの前に立っていることに気づきました。

そうです。かつて師匠に修行の中止を宣言した、その瞬間に戻っていたのです。

師匠のカッチャーナは全身汗びっしょりのサーラナに言いました。

「な? よくわかったじゃろう? いわゆる「闘い」というものには「勝利」というものがないのじゃよ。
程度の多少はあれども、「闘争」の行き着く先は相手の「殺害」じゃ。
ムカつく相手をぶっ殺せば、確かにその瞬間はスッキリしたような気分になるじゃろうが、まさにそこからが地獄なのじゃ。
負ければもちろん最悪じゃが、たとえ勝ったとしても、負かした相手やその家族たちからの復讐に絶えず苦しめられることになる。
そしてその苦しみは家族たちが復讐に成功することによって、今度はそちら側に移動し、雪だるまのようにどんどん膨らみながら永遠に続いていくのじゃ。
オマエ自身も殺されたことによってその苦しみから逃れられるかというと全然そういうことにはならず、地獄とこの世を絶え間なく往復して苦しみ続けることになる。
それではいったい、どうしたらいいのか?
それはな、冷静な気持ちとなって怨みの気持ちを捨て去ることじゃ。
「仕返ししたい!」などという気持ちを一切持たないことじゃ。
こういうとオマエは、「やられっぱなしなんて我慢できません!」などと思うじゃろう。
でもな、オマエを苦しめているのは特定の個人だけではないぞ。
オマエは毒虫に刺されて苦しみ、猛獣に追われて苦しみ、夏の暑さに苦しみ、冬の寒さに苦しみ、飢えや乾きは言うまでもなく、老化や病気、そして死の恐怖に苦しめられている。
オマエは、それら様々な怨敵にまるで仕返しできないくせに、なぜ特定個人にこだわって復讐しようなどと考えたりするのじゃ?」

出典:雑宝蔵経

メニューの使い方

以下のメニューバーをクリック⇒ ジャンルごとに開閉
画面左上の「超訳文庫」ロゴマークをクリック ⇒ 超訳文庫トップページへ戻る
メニュー上下の横長バーの「HOME」をクリック ⇒ 各コーナートップページに戻る


↓それでは、どうぞごゆっくり。

仏教系

中国の古代思想

昔の中国の人が考えたこと

諸子百家

LinkIconおもしろ論語(孔子)
LinkIcon老子
LinkIcon荘子
LinkIcon列子
LinkIcon孟子

四書五経

LinkIcon【大学】

日本の哲学・思想

日本が誇る大学者のご意見たち。
今のところ、明治維新期に活躍した人がメインです。
LinkIcon井上円了
LinkIcon【西国立志編】
LinkIcon富永仲基
LinkIcon内藤湖南
LinkIcon【風姿花伝】sintyaku3_red.gif

キリスト教系

キリストが生まれるよりも昔から、「神」と人との間にはいろいろあったのです・・・

旧約聖書

LinkIcon【旧約の預言者たち】

中国武術論

中国武術家である徐紀(Adam Hsu)老師の論文をご紹介。
LinkIcon【中国武術論】

ぶんのすけ文集

古典翻訳ではない、自作の文章を掲載します。「超訳文庫」の趣旨から外れますが、ご容赦くださいませ。
LinkIconぶんのすけ文集

書籍版のお求めはこちら

LinkIconぶんちん堂 Web Shop

超訳文庫のコンテンツを書籍化して頒布する企画です。
PC画面もいいけれど、じっくり読むにはやっぱり「本」がよいという方にオススメです。
目に優しく手ざわりのよい書籍用紙を使用。A5サイズです。
編集はもとより印刷・製本に至るまで完全に自家製ですので、仕上がりは工業製品には劣りますが、「手作りの味」だと思っていただければ幸いです。

ぶんちん堂 Web Shop 公式ブログ

LinkIconぶんちん堂 Web Shop 公式ブログ

超訳文庫の書籍化・通販などを手がける奇特集団、「ぶんちん堂」スタッフによる活動の記録やお知らせ。
当サイト管理者のぶんのすけも「作家」として登場します。