超訳【無門関】
第28話 大河の一滴 「久嚮龍潭(ひさしくりゅうたんをしたう)」
龍潭(りゅうたん)和尚のところに、「金剛経」研究の第一人者であった徳山という男(13話に登場した和尚の若い頃)が尋ねてきていた時のことです。
問答はなかなか尽きず、夜になってしまったので、龍潭和尚は言いました。
「もう夜がふけてきたから、そろそろ帰ったらどうだい。」
徳山はまだ言いたいことがあったので帰りたくなかったのですが、そう言われて仕方なく外に出ました。
ところが、外は真っ暗闇でとても歩けたもんじゃありません。
徳山は引き返してくると言いました。
「いや、辺りが真っ暗なもんで・・・・・・
龍潭和尚は提灯を出してきて、灯をつけると徳山に渡してあげました。
徳山が「どうも」とばかりに受け取ろうとしたその瞬間、龍潭和尚はその灯りをフッと吹き消してしまいました。
徳山はその瞬間、ガビーンと悟ってしまいました。
無言で深々と龍潭和尚に頭を下げる徳山氏。
「おいおい、いったいどうしたんだい?」と龍潭和尚。
徳山は言いました。
「私は、もう二度と和尚の言われることに疑問を持つことはないでしょう。」
次の日、龍潭和尚は教壇に登ると言いました。
「鋭い牙と血まみれの口を持ち、棒で殴られてもビクともしない。
もし、そんな男がいたとしたら、そいつこそ、余人の及びもつかない孤高の悟りの境地に至れる奴だ!」
それを聴いた徳山は、片手に自らの著書「金剛経注釈」、もう片手には松明を握り締めて前に進み出ると、それらを振りかざして叫びました。
「どれだけ仏教の教義を究めたところで、そんなものは所詮、大空に一本の毛を放り投げたようなものだということを、今こそ思い知った!
また、どれだけ世渡りの術に長けたところで、一滴の雫が大渓谷にポタリと垂れた程度の意味しかありゃしないんだ!」
そして、それまでの自分の研究の集大成である書物を焼き捨て、一礼すると去っていったということです。
徳山のオッサンは、地元では随一の研究者だったのだが、知識は豊富だったものの、トークがイマイチで、対人コミュニケーション能力は低かった。
ところが、「テキストに頼らない方法でコーチングする(教外別伝)」などと標榜する禅宗とやらをギャフンといわせることでメジャーになろう、などという野望にとりつかれ、鼻息も荒く乗り込んできたわけだ。
で、途中で一服するために茶店に立ち寄り、点心(軽食)を注文したところ、店の婆さんに「あんたが引いてきたあのリヤカーに積んであるあの大量の書物は、いったい何なんだい?」と質問された。
徳山が自信満々で、「これはな、俺様の書いた金剛経というムツカシイお経の解説書なんだよ。」と答えたところ、婆さんに、「そのお経には「過去の心は得られない。現在の心も得ることはできない。未来の心なんて得られるわけがない」と書いてあるハズだけど、アンタはそのうちの、いったいどの心を点じようとしているんだい?」と突っ込まれてしまった。
徳山は婆さんに一本取られてしまい、すっかり気まずくなってしまったが、辛うじて話題をそらすと「この辺りには立派な和尚がいるようだな」という言葉を搾り出した。
婆さんが「あっちに龍潭という和尚がいるよ。」と答えたので、龍潭和尚のところまでノコノコとやってきた挙句、さんざんな目にあってしまったというわけさ。

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