超訳【無門関】
第19話 「平常」こそ「道」 原題「平常是道(びょうじょうこれみち)」
南泉和尚と、そのエース級の弟子である趙州くんの会話です。
趙州「ぶっちゃけ、「道」って、どんなものなんでしょうね?」
南泉「いや、いわゆる「平常心」って奴じゃないかな。」
趙州「それって、「よーし、気合を入れて「平常心」するぞ!」とか、頑張るべきタイプのものなんですかね?」
南泉「うーん、そんなことをしたら、かえって「道」からはそれてしまうなぁ。」
さぁ、趙州くん、ここぞとばかりにツッコミます。
「でも、目指そうともせずにボーっとしているだけでは、いったいなにが「道」なのか、わかりようがないじゃないですか!」
南泉和尚は言いました。
「いやね、「道」というのはね、「わかる」とか「わからない」とかいうレベルを超越したものなんだよ。
「わかった!」とか言っても結局いい加減なものだし、かといって、「わかることはできない」とかいうと、もう何もないのとおんなじだ。
でもね、もし、もしもだよ。
もしも心の底から本当にこだわりなく生きることができたなら、それは、実にこの晴れ渡った大空のようにカラリしたものになるんだよ。
それをさ、ああだ、こうだといじくりまわして、いったいどうしようというのだい?」
さすがは門下のエース、趙州くん、この言葉がまだ言い終わらないうちに悟ってしまいましたとさ。
さすがの南泉和尚も、趙州くんの猛攻撃にあって総崩れになっちまったか・・・・・・
これじゃもう二度と、彼には頭が上がらないはずだ。
とはいっても、ここで趙州くんが「悟りを得た」といったって、それがちゃんと身につくようになるまでには、まぁ、あと三十年はかかるだろうがね。

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