超訳【金剛経】
第10話 とらわれない心を持つべし(荘厳浄土分)
2008.11.22
ブッダは言いました。
「はっはっは! そうだったな。
それはそれとして、スブーティ、お前はどう思う?
私が最終解脱を成し遂げてこの世界における「仏」となるだろう、ということを予言してくれたのは、私が前生において師事していたディーパンカラ(然燈)という名の仏であったのだが、私が師匠から得たものは、いったい何であったのだろうかね?」
スブーティは答えました。
「それは・・・ 先生が前生において師匠であったディーパンカラさんから得たものなど、あるわけがありません。」
ブッダ:「わっはっは! そうだとも。
ずばり言ってしまうなら、私が師匠から受け取ったものなど何もないのだ。
だから私が将来、「この世界をあるべき姿にするだろう」などという人がいるならば、そいつはウソつきなのだ。
「する」とか「しない」とかを離れた境地こそが、「あるべき姿」だからだ。
そういうわけだから、スブーティよ。
立派な人になりたいというのであれば、「何ごとにもとらわれない心」を持つしかない、ということだ。
見た目にも、音にも、匂いや味や手触りにも、とらわれてはいけない。
もちろん「心」にとらわれてもいけないのだ。

前のページへ
目次へ戻る
次のページへ
【維摩経】
【龍樹】
【風姿花伝】
BUNCHIN.COM